○Episode3 : 緊張感は解けたけど……
すっかり前世ウォッチャーと化したようなPさんですが、そんな彼女に真剣に悩む事が出てきました。
ある事の講師を頼まれたのですが、彼女は無類の緊張症なのです。
仕事を引き受けはしましたが、時間が経つにつれ緊張感が増してきた彼女は、このまま講師を上手くこなす自信がどんどん無くなってきました。
その彼女の悩みを解消するべく、過去にさかのぼることにしました。
セラピストが『子供時代に』などと時期を指定する事もありますが、それはしないで『緊張する原因が起こった時』に誘導しました。
潜在意識任せにする方法です。
彼女の潜在意識がが選んだのは、前世のある一場面でした……。
時は19世紀中盤ごろ、場所はイギリス。
Pさんの前世である16歳の少女は、名前をセーラだと教えてくれました。
セーラさんは、たった今馬車から降りたばかり。
とあるお屋敷のドアの前でなんだか躊躇(ちゅうちょ)をしているようです。
『私はここの人に気に入られるかしら?』
セーラさんはそればかりを繰り返します。
それもそのはず、実は彼女はまだ見ぬ婚約者の家に初めて夕食に招かれたところだったのです。
セーラさんは貴族なのですが、どうやら家が没落してしまった様子。
そして、彼の家は大変お金持ちですが、あまり家柄は高くないようです。
そう、この結婚は、政略結婚なのです。
実家の経済を助けるためにも、そして自分のプライドのためにも、セーラさんはこの食事会で失敗するわけにはいきません。
そんな健気な覚悟をしながらも、やはりそこは16歳の少女、大変緊張しています。
ドキドキしながらドアのノッカーをたたくと、ドアが開いてその家の執事が出迎えました。
その執事が無表情で、セーラさんはそれを見ただけで心臓がバクバク言い始めました。
緊張に震える彼女を、無表情な執事がエスコートします。
彼女は『執事にどう思われているんだろう』、そう考えただけで心臓のバクバクは一層高鳴ります。
セーラさんの意識になっているPさんの心臓が、実際にバクバクと張り裂けそうに鳴っています。
この時、Pさんの表情は、まるで実際にその場にいるかのように大変緊張しています。
眉間にしわを寄せたり、おどおどした表情になったり……。
意識の上だけの出来事を経験しているのですが、それでも感情は『今、ここで』起こっている事かのように感じられます。
広い居間で出迎えた彼は優しい笑顔を見せてくれたので、セーラさんは心からほっとしました。
緊張が解けたのもつかの間、夕食会が始まると、今度は彼の父親と母親の射るような視線に彼女は先ほどより更に緊張してしまいます。
あまりに緊張してしまったために、話しかけられても上手く受け答えができません。
料理の味も全くわからず、まるで砂を噛むような思いです。
彼女は、今にも爆発しそうな心臓と引きつった笑顔を感じながら、一刻も早くこの夕食会が終わることを祈ります。
彼女の今の状況を尋ねると、こんな答えが返ってきました。
『お父様はこんな私を軽蔑したような眼で見ている……気が利かない娘だと思われているようです』
『だって、お父様はこんなに怖い顔をしている……がっかりされたに違いないです』
『お母様は少しは優しく気を使ってくださってるけど、きっと心の中では呆れているはずです』
彼女は緊張のあまり、ついにナイフを落としてしまい、Pさんの表情は泣きそうになっています。
セーラさんの緊張は解けることなく、夕食会が終わりました。
彼女が料理の味を味わうことは一度もありませんでしたし、家族となる人たちに好感も持てませんでした。
ところで、潜在意識には『超意識』が含まれています。
超意識は、全ての人や生き物、それ以外の意識とも繋がっていると言われています。
いわゆる「虫の知らせ」は他人の事をふと感じるものですが、これは超意識によって伝達された他人の意識を読み取っている、とも言われるのです。
イメージの世界では誰でも、この『超意識』を使って他人とコミュニケーションを取れます。
つまり、相手の考えている事がイメージとしてわかるのです。
そこで、すっかり緊張しきっているセーラさんに、結婚相手である彼の意識を感じてもらいました。
『彼は……私を見て安心したようです。会ったのは初めてなのですが、彼は私に好感を持ったようです。私も好感を持っていますから、嬉しいです』
なるほど、良かったですね。
少し緊張の解けた彼女に、お母様の意識を感じてもらいました。
『お母様は……あ、私に呆れてなんかいません。若いけど感じの良い娘だわ、そんな風に思ってくれています。とても嬉しいわ』
笑顔が出た彼女に、更にお父様の意識を感じてもらいました。
『お父様は……なんだか怖いわ……あら?お父様も、私を感じの良いかわいらしい娘だと思ってくださっている!私が緊張しているとは思っていないみたい、それよりもご自分が緊張なさっているわ!』
では、皆さんセーラさんに好感を持っているのですね?
『そうです!ああ、どうしよう、嬉しい!嬉しくて涙が出そうだわ……』
それでは、皆さんの気持ちを確認した記憶を持ったまま、もう一度夕食会を最初から経験しましょう。
『私は全然緊張していません。ゆったりと笑顔で食事をしています。お父様とお母様も、今度は笑顔です。さっきは心配そうだった彼も、ニコニコしています』
そうですか。
それで、緊張感はどうなりましたか?
『すっかり消えています!ああ、夢みたいだわ』
『私、思い込みをしていたんですね。お父様もお母様も私のことを嫌ってなんかいなかった!とても嬉しいわ。判って良かったわ。もう、緊張なんかしません』
セーラさんの意識になっているPさんの顔は、とてもにこやかです。
『それは、少しくらいは緊張しているけど……でも、素直に笑顔になれるし、料理の味も……』
そこで彼女は黙り込んでしまいました。
緊張感は消えたはずなのに、どうしたんでしょう?
『緊張感が消えて料理の味がわかったのは良いんですが……まずいんです……』
料理の味、ですか?
『嫌!!豚の血のプディングが出てきた!生臭いにおいがしてきます、おお嫌だ!』
豚の血のプディング?一般的な料理なんですか?
『いえ、とっても贅沢な料理ですよ。お父様たちが歓迎してくれてこの料理なのはわかるんですが、私、これ、だいっ嫌いなんです。でも食べなくちゃ……』
そう言いながら、Pさんはは今にも吐きそうな表情をしています。
そして、一言。
『こんな事になるなら、料理の味がわからないくらい緊張していれば良かったわ!!』
狙ったわけではないのですが、きれいにオチがついたこのセッションの後、Pさんの緊張症はすっかり影を潜めました。
Pさんは初対面の人の前ではセーラさんと同じように、いつも『私は呆れられているに違いない』といったネガティブな思い込みが常にあり、そのために緊張していたんだということに思い至りました。
彼女は請け負った講師の仕事を、緊張せずにしっかりこなしたそうです。
Pさんいわく「あんなに人前で楽だったのは初めてです。これで自信がつきました!」
その後も、Pさんの緊張症は影を潜めたままだそうです。
ところで、豚の血のプディングについて、好奇心旺盛なPさんが調べてくれました。
このグロテスクに思える料理は実は大変な高級料理で、お金持ちの人しか食べられなかったようです。
「でも、若い女の子が歓迎する料理とはとても思えませんけれども。
実際に、セーラさんの意識だった私は、“こんなもの、食えるか!”って思っていましたから」
……セーラさん、実は相当おてんばだったのかも???